6 November 2012
Review of the Japanese translation of Susan Tomes's 'Out of Silence'
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『静けさの中から ― ピアニストの四季』
書評者: ヴァイオリニスト・植田リサ
春秋社発行, 368頁, 発行日:2012年6月;ISBN:978-4-393-93562-0
異なる楽器ではあるが、同じ音楽家・演奏家として心から共感する余り、私も訳者のあとがきに書かれているとおり、「膝を叩きながら」ページを次々とめくっていた。
世界中を飛び回る演奏家としての日常生活や経験を機に感じたこと・考えたことなどを率直に、気取らず着飾らずつづられた各エッセイは、忙しい現代人にとってはとても読みやすい長さ。
正直、演奏家に不安や心配は、つきもの。けれどもそれらを伏せて、自信満々に光を放つ、放とうとするのが舞台人。しかし演奏家も人間、調子のいいときや悪いときがあるのは当然。こういった不安や心配も含め、全てを率直に伝える。「これが私」とそのまま本音を伝えられるトムズ氏を演奏家として、いや、人間として尊敬してしまう。
音楽とは抽象的な芸術でなかなか言葉に言い表しがたいところも多々ある。が、そこをトムズ氏は巧みに言葉を操り、文章にしている。さらに、同じく世界を駆け巡るピアニストの小川氏の訳に脱帽する。文章をただそのまま訳しているのではないことが一目瞭然だからだ。訳には日本と英国の表現や文化の違いだけではなく、音楽の世界での文化・言語の違いや機微を優美に理解できる深い洞察力が求められる。両文化に造詣が深い小川氏でなければこの訳書はできなかったであろう。演奏家として、ロンドンっ子として、日本人として、聴衆として、音楽愛好家として等々、色んな視点から読んでみた。英国風な表現、言い回しや比喩は日本的にわかりやすく言い換え、文章の流れを妨げぬよう注を使っている。そんなところに小川氏の思いやりと細部へのこだわりも感じた。
『静けさの中から ― ピアニストの四季』は、トムズ氏の人間性がにじみ出ている。演奏家として共感できるだけではなく、考えさせられた。新たな視点からみることで開眼させられたことや、わかっていても思い返させられたこともあり、新鮮味があった。又、普段味わうことのない舞台裏を垣間見ているようで、「世界的ピアニスト」を身近に感じ、誰でも楽しめる一冊となっている。スーザン・トムズ氏、彼女の室内楽の仲間たち、小川典子氏の演奏会に出かけたくなった
小川氏はあとがきに「スーザンありがとう!という気持ちに歯止めがかからなくなった」と記しているが、今度は私が小川氏に「ありがとう!」と言いたい。
ヴァイオリニスト・植田リサ